人に頼んでた計算資料が出てこないので確認したら、「手計算の結果を見てもらった上で、Excelに入力しようと思っていた」と返ってきたので呆気にとられた。最初、言ってることの意味がわからなくて、もしかしたらExcelの使い方がわからないのか? 表計算ソフトで計算表を作るやり方なんて常識だと思っている俺の方がズレていて、実はこれまで一度も表計算ソフトと向き合ったことがない人もいるのかも? と思って訊いてみたら、Excelの使い方はわかると。手順を説明してもらったが、一応理解している。
まぁ所詮賃労働なのでそれ以上深堀りはせず、もう一度細かく指示を出し直したのだが(成果物は15分で出てきた)、労働モードを離れてみると、自分とは根底から違っているような思考回路に出会うとちょっと心が動かされる。Excelの使い方がわかってるなら、計算式を入れておけば計算過程も確認できることは当然わかるだろう。手計算の結果を確認する必要は全く無いように思われるが、わざわざ手間のかかるステップを踏んだからには何某かの本人なりの意味があるに違いない。
インターネットのタイパ重視読者は「世代が~」とか「手計算を強要する風土に慣れていたのでは~」みたいなレッテル貼りで終わらせがちだが、その程度の予断は言われなくてもいくらでも浮かぶ。俺はベルトコンベアのように物事にレッテルを貼って流したいのでなく、合理性の刀をへし折るような認知的不協和の闇に漂ってみたい。時間のスキマをブロックで埋めるのは賃労働でたくさんだ。労働じゃないなら、時間が歪んでぐにゃぐにゃになるのを眺めていたい。
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最近ちまちまと、村澤武夫『信濃伝説集』という本を読んでいる。以前長野に行ったときに古本屋で買った本で、タイトル通り信濃地方の様々な伝承を集めている。民話の類には起承転結がはっきりしているような物語もあるが、現代的な解釈を受け付けないような、ただそこにごろんと転がされているような話も俺は好きだ。
松の皮から布が出た
上高井郡須坂町(現・須坂市)からずっと山の中へ入ったところに山田村(現・高山村)というところがある。今では近くに温泉が湧き出すところがあるのでそんなことはないそうだが、山の中で耕地が少ないから幕末の頃までは、山に入って杣職(樵)をするものが多かったそうだ。
ところが、この村に幾千歳を経たとも知れぬ松の大木があって、頃は文化文政のころ枯れてしまったのだそうだ。そこで村の杣人たちはその松があんまり大きくて薪にするのももったいないからと材木にしようと相談したが、どうも材木にもなりそうもないと言うものが多かったので仕方なく、屋根板に剝いで売った方がよいだろうと相談がまとまり、木の下に仮小屋をつくり切りはじめたところ、これは珍しい、皮と幹との間に白いちょうど革のようなものが出て来たので、その布とも革ともつかないものを初めのうちは敷物にしたり、箕の笠を作ったりしていた。
ところがこのことを伝え聞いた須坂藩の家老職で琴の名人駒澤清泉と言う人が、琴の袋を作ってもらったところこれは珍しいものだと近郷近在の評判となったことが信濃奇区一覧に所蔵されている伝承である。
ちょっと文章のヘンテコさもあるが、それを差っ引いても物語としてヘンテコである。実物が今も伝わっているのかわからないが、そうでもなければ、ただ「言い伝えられている」ということだけで価値が生まれている話だ。鑑賞者としては野山に転がる立派な岩でも眺めるような気持ちで、ただ「存在してるなぁ」と思うしかない。俺はこういう話を読むのが好きなんだよね。ただ「好き」としか言いようがない。この趣味は合理的に説明できない。
最近この日記を書いている影響もあって、Web日記を色々探して読んでいるのだが、俺の日記好きはこういう「野山の岩」話好きにも通じてるかも知れない。読者に語りかけるようなものより、備忘録然として淡々と日々を綴っている日記の方が好みである。
