代わり映えのない繰り返しの日常を反省する

道端にケチャップだけが出し尽くされてマスタードがたっぷり残ってるパキッテのゴミが捨てられていた。しかしパキッテって、二つ折りにして初めて出し口が開くのだから、片方だけを絞り出すのはかなり難しいのではないだろうか。

すぐ通り過ぎたのでよく見てなかったんだけど、捨てられてたパキッテの残骸は平らになっていたと思う。使い終わったパキッテを道端に捨てるようなやつなら、二つ折りにしたパキッテをわざわざ平らに開き直して捨てるようなことはしないのではないか。

つまり、犯人はパキッテを折り曲げず、出し口が開口しないままケチャップだけを何らかの手段で抜き取った。もう一歩踏み込んで言うと、俺はここでキャトルミューティレーションが行われていたのではないかと疑っているのだ。

東京でべこを飼うのは容易でないので、宇宙人がキャトルミューティレーション対象を見つけるのも難しい。キャトルミューティレーションの技術も日々進歩しているであろうから、むしろもっと小さい対象から、正確に内容物を抜き取る実験を行いたい。マスタードとケチャップなら、ケチャップの方が動物の血液により似ている。等々の理由から、キャトルミューティレーション対象としてパキッテのケチャップが選ばれたということは十分考えられるだろう。

となれば、大胆不敵にも都会の往来で堂々とキャトルミューティレーションが行われ、その残骸も放置されていたということになる。

アニメやマンガで、突拍子もない出来事を起こす前フリとして「代わり映えしない、繰り返しの日常」てな説明が置かれることがあるけれど、その「日常」において、きちんとパキッテのゴミまで検討した上で「代わり映えしない」とか「繰り返し」とか言っているのだろうか。

「神は細部に宿る」という言葉もある。宇宙人だって地球人に察知されずに侵攻しようとすれば、細部から手を付けるだろう。美少女が飛び込んできたり、突然銃撃戦が始まったりしないと想像力が働かないというなら、それはむしろ想像力の後退と言うしかない。

俺のような一般ピープルの何気ない日記が、誰も気付いていなかった世界の真実を射抜いていることがなくもないとは言えなくもなかろう。俺以外にこの日記を読む人がいれば、今一度我が身を振り返って反省してもらいたいし、もし明日以降この日記が更新されなかったとしたら、そういうことだと覚悟を決め、迫りくる地球人類存亡をかけた戦いにむけて備えてもらいたい。