システムを反省する

外で買い物して帰ってきたら、マンションの集合郵便受けの1ヶ所が全開になり、Amazonの不在票が1枚だけポツンと収められていた。配達員さんわんぱく過ぎる! と反射的に思ったのだが、しかし基本的に配達員さんは郵便受けの解錠方法を知らないはずなのだから、この郵便受けをおっぴろげているのは居住者の方だ。居住者、わんぱく過ぎる! と思い直したがいや待て、いくら居住者がおっぴろげていたとしても、配達員さんは不在票を入れるときにおっぴろげに気づいているはずだし、郵便受けを閉めることは誰でもできるわけで、不在票を紛失してトラブルに発展する可能性を考えたら、閉めずにそのまま放って帰っていくのはやはりわんぱくでは? と一瞬の内に様々な思いが脳内をかけめぐった。

あるいは、居住者も配達員も忙しすぎて、郵便受けが全開になっている事態の危険に十分に気づかずにいるのかも知れない。居住者は郵便受けを改めたときに慌てていて、勢いよく閉めたつもりが、勢いが良すぎて跳ね返って来たのかも知れない。配達員は郵便受けが全開になっていることの意味を十分認識しないまま、ポイと不在票を放り込んでさっさと次の荷物に取り掛かってしまったのかも知れない。 資本主義に追いまくられた力なき個人の悲劇だ。うんなんかこっちにしといた方が穏当な気がするな。何かマズいことが起きてるときはシステムのせいにしといた方が良い。

でもって、その全開になった郵便受けを前に、俺はどうしたかというと、スルーだ。

一目見ただけで脳のメモリ使用率がバカ上がりするような状況を前にすると、人間というものは何らかの罠の存在を感じ取ってしまうものだ。罠と言っても必ずしも他人をハメようとしたわけでなく、何らかの意図があって「開放しておいた」のかも知れない。この場合は親切のつもりで郵便受けを閉じてしまうことで、却って揉め事に発展しかねない。

問題は、万が一この件で揉め事が発生した場合、俺は同じ集合住宅の住人と揉めることになるということだ。それはかなりよろしくない。敵はより遠くに配置した方が良いし、できれば「システム」のようなボヤボヤした奴のせいにしておいた方が良い。そのような地政学的配慮を踏まえた上での慎重な判断である。先の見えないVUCAの時代と言われる近年においては、情勢をよく見極めた上での慎重な判断が求められます。

「先の見えないVUCAの時代」って責任を押し付けるシステムを指すのに便利な言葉だな。今後もこの日記でお世話になると思います。よろしくお願いいたします。