午前中、『荘子』を読み始めた。
尭という中国古代の伝説上の皇帝が、許由という人物に帝位をゆずろうとして言い返された話が載っている。
許由が答えて言った。「あなたが天下を治め始めて以来、天下はもうすでに治まっている。それなのに、私があなたに代わるというのは、何のためであろうか。天子という名誉を得るためだとするならば、名誉というものは実体のお客でしかない。その実体を求めての故だとするならば、鷦鷯(みそさざい)は深林の中のわずか一枝に巣づくるにすぎず、偃鼠(もぐら)は黄河の水の内、己の腹一杯分を飲むにすぎない。帝よ、帰って休まれよ。天下を禅譲されても、私には使い道がないのだよ。(後略)」
『荘子 全現代語訳(上)』池田知久訳
ああ、これならわかるわかるぅー。俺も天下を禅譲されても困っちゃうしぃ? 難解で有名な『荘子』だけど、みんなと違って欲のない俺はマッチしてるかも? 案外楽勝なんじゃない? と思ったらすぐにものすごく抽象的で形而上学的な話が始まってぐちゃぐちゃになった。
午後、出かけようと思って着替え終わったら、外からビュウビュウ風が吹き荒れる音がしたので、全ての意欲をなくして昼寝して、起きたら夜になっている。
恵子(戦国時代の名家の思想家)が荘子(戦国時代の思想家、本書の作者)に向かって、「私の所に大木があって、人々はこれを樗と呼んでいる。太い根本は節くれ立って墨縄の当てようがなく、小枝はかがまってコンパス・定規にかからない。道端に立っているのだが、通りかかる大工は振り向きもしない。さて、あなたの学説だが、大きいばかりで役に立たず、大衆の誰一人として振り向かない代物ですな。」
荘子が応じて、「君もきっと狸狌を見たことがあるだろう。地に伏せて低く身構え、出歩く獲物を窺い、それを追って東に西に跳ね回り、木の上、穴の下を物ともしないが、最後は罠にはまるか、網にかかって死んでしまう。ところが、あの牛は、大きさが天空深く垂れこめた雲のよう。これにできる能と言えば、ただ大きいだけで、鼠一匹も取るではない。ところで、君はそんな大木を持ちながら、役に立たないと悩んでいる。万物の根源たる虚無の村里、果てしなく広がる実在の荒野にこれを植えて、その傍らでぶらぶらと無為に過ごし、その下でゆうゆうと昼寝でもされてはどうだろう。斧・斤で伐られもせず、凶害を加える物もないのだから、いかに役立たずであっても、何の困ることもあるまい。」
『荘子 全現代語訳(上)』池田知久訳
んー? やっぱ俺、荘子と相性が良いのでは? あとは大木のような思想だけが足りないだけで。
