特に深い意味もなく、ヒマつぶしみたいな気持ちで2000年代初頭の某Webサイトのログを読み返している時、唐突に失われていた記憶が地獄の底から顔を出した。
2000年頃だと思うが、実家で「俺もインターネットとやらをやってみたい」と言った時、父から「じゃあインターネットのことを本で勉強しろ」と言われて、Mosaicブラウザについての本を渡されたのだ。別に父はコンピュータにもインターネットにも詳しいわけでなく、ずっと後になってインターネットを(ドリームキャストで)最初に導入した時もほとんど関心を示さなかった。インターネットのWWWの違いだって当時も今もわかってないだろう。その父がどうしてMosaicの本を所持していて、どういう思いでそれを俺に渡したのか?
父が存命の内に確認しておかないと失われる記憶だが、たぶん現時点で既に失われている可能性がかなり高い記憶だと思う。だいたい確認するにしてもどう説明すれば質問の意味が理解してもらえるだろうか。「あの時渡されたMosaicの本だけどさ」「Mosaicって何だ?」って訊き返される画が浮かぶ。
俺はおそらく、失われた時を求めようとしている。
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日高屋でチゲ味噌ラーメンの季節が始まったというので、食べて帰ってきた。よく考えたら家でキムチ鍋を無限に食ってるのに、外で金払ってキムチチゲ味のラーメンを食ってるんだな。失われた祖国の味だとかいうならまだわかるが全然そんなことはない。近親者の中で辛いものを進んで食べるのは俺だけだ。
かつて実家で激辛カップ麺にお湯を入れてて「湯気で目をやられる」とか言われてひんしゅくを買ったことがある。今思うとあれば俺なりの反抗だったのかも知れないね。校舎の窓ガラスを壊して回るのが尾崎豊の反抗なら、激辛カップ麺の湯気を漂わせるのが俺の反抗だ。
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日高屋は食後の会計なんだけど、個人的には事前会計の食券制の方が気が楽だ。俺はとにかく忘れっぽいので、1人で外食すると会計するのを忘れてしまうんじゃないかとうっすら不安になる。幸いにもこれまで会計を忘れて店を出たことはないが……いや待てよ、俺が記憶していないだけで、実は結果的に食い逃げを成功させてしまったことがあるという可能性はある。
もちろん食い逃げをしようと思ったことはない。俺は労働のことを心底憎んでいるので、他人の労働についても一緒に憎むことができ、労働者に対して同情することができるのだ。労働の対価を支払わずに自分だけが利益だけを享受しようなどとは決して考えない。
しかし、悪意なしにうっかり会計せずに店をでてしまい、そのまま誰にも指摘されないままという可能性は全然考えられる。だいたい俺は自分で注文したメニューが何だったか時々忘れてることがあるぐらい雑に生きているのだ。
私利私欲を離れた、完全に無心での犯罪行為。罪を犯した当人ですらそのことに気づいていない犯罪こそが、完全犯罪と呼ぶにふさわしいのではないか。
記憶がない以上は日記でいくら掘り下げてもこれ以上の話に発展しようがないのだが、俺だけが不安を覚えているという状況がイヤなので、死なば諸共という気持ちでこの日記の読者に不安を共有したい。あなたは自分がこれまで入った飲食店で、一つ残らず1円も欠けず、確実に支払いをしてきたと言い切る自信がありますか?