フリーな日曜日だったのに、スマホでYouTubeをラジオっぽく流しながら、どうでもいいゲームを遊び続けてる内に1日が終わった。時間をドブに捨てた。
人生の残り時間はもうそんなに潤沢ではないとわかっていながら、眼の前の些末な欲望充足に費やしてしまう。極大の目標は極小の生活になかなかつながってくれない。
『荘子』という書物も、極大と極小をうまく接続できていないと思う。
この本を俺なりに要約すれば
「世界のあちこちの概念や権威や道徳は、人間の限られた視野の中で暫定的に定められた、相対的な基準に過ぎない。それを越えたところにはあらゆる存在を存在として成立させるための原理である『道』がある」
「だから礼節を守るだの古代の聖王を見習うだの言ってないで(そんなこと言っても弱肉強食の世の中は全然改まらないし)、養生して自分個人にとってよいことに励もう」
てな感じ。あえてカギカッコを2つに分けたのは、つまり俺からすると、前の形而上学的原理(極大)と、後の脱政治のライフハック(極小)をつなぎあわせることに失敗しているように見えるということだ。
「斉を討伐せよと声高に主張する公孫衍は、勿論国を滅亡させる乱人ですが、討伐するなとまことしやかに説教する季子も、やはり国を滅亡させる乱人と言わなければなりません。それだけでなく、討伐する者もしない者もどちらも乱人だと批判しているこの私も、また国を滅亡させる乱人でしょうね。」
魏王、「それなら、どうすればよいのだね。」
「王ご自身があの根源の道を求められるより他にありますまい。」
『荘子 全現代語訳(下)』 (講談社学術文庫) (pp.200)
なんで、が抜けている。『荘子』は政治そのものや政治権力を汚れたものとして扱うが、そこから離れることでかえってよく治まるというレトリックをよく用いる。でも、なんで。
戴晋人が魏王に向かって言った。「蝸という虫がおりますが、ご存じでしょうか。」
「知っておる。」
「蝸の左の角の上に国家を営んでいる君主がいて、触氏と申します。また、右の角の上に国家を営んでいる君主がいて、蛮氏と申します。ある時、この両国が領土を争って戦争を始めました。戦場に倒れた屍は数万にも上り、敗走する敵を十五日も追いかけ回して、そうしてやっと軍を引き上げたことでした。」
魏王、「ふふん、作り話であろうが。」
「それでは、これが本当の話であることを王にお話し申し上げましょう。さて、王が心を天地・四方の宇宙に向けられたとします。それは有限だと思われますか。」
魏王、「無限であろうな。」
「その無限の宇宙に伸びやかに心を解き放つ楽しみを味わわれた後、ひるがえって人間の行き来する地上の国家を眺められたとしましょう。するとそれは、あるかなきかのちっぽけな存在ではありませんか。」
魏王、「それはそうだ。」
「その人間の行き来する地上の国家の一つに魏の国があり、魏の国の中に大梁の都があり、大梁の中に王がおられるのです。こうしてみると、王の存在は蝸の右の角の国の君主蛮氏と、果たしてどれほどの違いがありましょうか。」
魏王、「違いはなかろう。」
戴晋人が退出した後、魏王はしょんぼりとして何か大切なものを亡くしたかのような風情であった。
戴晋人の退出と入れ違いに恵子が参内すると、魏王、「先生の連れてこられた方は偉大な人物であった。聖人だとてあの方には及ぶまい。」
『荘子 全現代語訳(下)』 (講談社学術文庫) (pp.200-201)
戴晋人と魏王の会話はおそらく史実ではなく、思想を説くための寓話のようなものであろうが、自画自賛の域を出ていない。
古代世界の王だって、その狭い世界のアレコレに悪戦苦闘していたに違いなく(享楽をただ貪るだけの王なら賢人から話を聴こうとはしないだろう)、それを何とかしようと思ってるところにドヤ顔でこんなこと言われたら、しゅんとするどころか、始皇帝が「口ばっかりの役立たず」として儒者を粛清したのと同じように、そのまま墓穴に蹴り込まれるだろう。
例え人の世がカタツムリの角の上の世界に過ぎないとしても、そのカタツムリの角の上で暮らしているなら、カタツムリの角の上の世界を何とかする以外にない。山の頂上からふもとが一望できたとしても、その光景に収まる物事をうまく導けるわけではない。
結局、二千年以上読みつがれる中国の偉大な思想書でも極大と極小を扱いきれないなら、ましてや凡夫たる俺に目的思考など無理なこと。あきらめてYouTube観よう。
思想書を読んで意識が低まることもある。