
ここ1年ぐらいで気づいたことだが、俺は耳毛が濃い。
全体的に毛深い方なので、ヒゲを筆頭とした多種多様の「毛」に手間暇をかけさせられてきた人生ではあったが、耳毛は危険度も緊急性も段違いに高い。
ヒゲなんかは、毎日鏡を見てチェックする習慣が身についていて、使い慣れた道具も備え、万が一剃り忘れた時のバックアップ手段も構えている。しかし耳の辺りは影で暗くなりがちで、ヒゲほど太くもなくて主張も弱い。かなり注意して見ないと鏡では繁茂状況がわかりにくい。注意をおろそかにしていると、いつの間にかモサモサになっていることに気づき、度肝を抜かれる。何より「耳毛はおもしろい」のがマズい。
ヒゲの多少の剃り残しはせいぜい「だらしない」ぐらいの悪評で済む。俺は労働中、技術っぽい話をすることが多いので、多少見た目がだらしなく感じられても、話の中身がしっかりしていれば取り返せるかな、という自分の中での甘えは成り立つ。しかしおもしろいのはダメだ。自分自身の中ですら言い訳が立たない。
例えば耳毛が伸びてることに気づかなかった場合、逆にヒゲがしっかり処理できてしまっている場合の方がマズい。「この人はだらしないわけではない。むしろ耳毛をチャームポイントと考えているのか?」とか、ただでさえ笑いをこらえている相手に更に余計なことを考えさせるきっかけを与えてしまう。
話相手の視線の動きだけでは、俺の目を見ているのか、俺の耳毛が気になっているのかもわからない。相手の集中度合いがつかめない。俺の話が届かなくなってしまう。やめろ。耳毛を見ないでくれ。俺の話を聴け。5分だけでもいい。
自分でできることは自分でやる。自分ではなかなか気づきにくいところや、自分の技術では対応できないものをプロに任せる、というのが責任ある現代消費資本主義のオトナの振る舞いだと思う。だから俺は、耳毛脱毛プランを、真剣に探し始めている。