スマホ時代の飲食

いつもと毛色の違う労働をして気疲れしたので、いつもと毛色の違う外食をして帰ってきた。

1人で外食する時、スマートフォンをいじってしまいがちなのは、お行儀も良くないし、周囲にお子様がいたら教育にも良くないよな、と思っているがやめられない。「手持ち無沙汰を埋めたい」とかネガティブな理由じゃなくて、メシを食いながらテキストも流し込む快楽が強いからだ。積極的にスマホを享受しに行っている。

俺は「何か別の作業をしながら、テキストを享受する」のがとても好きなのである。ゲームしながらオーディオブックを聴いたり、風呂に入りながらポッドキャストを聴いたり、メシを食いながらテキストを読んだり、「頭と身体で別々の快楽を摂取」したい。快楽をギチギチに詰め込んだ快楽お重セットみたいな時間の過ごし方がうれしい。気が散ったまま両方どっぷり浸かりたい。

しかしスマホ歩きだけは許さない。何故なら俺のスマホ歩き嫌悪に大した正当化の論理はなく、ただただ感情的に反感を持っているだけだからだ。いつも同じ話繰り返しとるだけやんけとお思いの読者もいるだろうが、そりゃ日々の日記で毎度自己革新的な結論に至るわけなかろうが。斬新でユニークな論考が読みたかったらChatGPTにでも頼めや。

スマホ歩行者は挙動が単純でヤンス。

  • 視線は下
  • 進行方向は直進傾向
  • 急な方向転換が少ない

一方、何も持たず歩く人は、

  • 視線移動が多く
  • 突然立ち止まり
  • 突然方向転換する

という非決定的挙動を示しやすいでヤンス。

したがって、

「予測可能な不注意」は「予測不能な注意」より回避しやすい

という論理が成立するでヤンス。

スマホ歩き擁護論

お、なかなか斬新な擁護論だな。