反社会的超越勢力を反省する

『日本の阿弥陀信仰』を読み終わったぞ。

有頼は恭礼してさらに深山に入った。すると、猛った熊が駆けてきた。有頼は急ぎ熊を射た。矢は熊の胸にあたり、熊は血を流しながら玉戸窟に逃げ込んだ。有頼が窟の中をのぞきこむと、ふいに阿弥陀三尊仏が顕われ給い、異香芬々、つらつら仏を拝すると、阿弥陀仏の御胸には矢が立ち、血が流れていた。有頼はその矢が自分のものであることを知って大いに驚き、かつ恠れたのであった。阿弥陀仏は、われは濁世の衆生を済度せんがために、十界をこの山に現わして、汝を待ったのである。父の有若を越中の国司にしたのも方便であって、鷹は剣山刀尾天神であり、熊はすなわちわれである。汝はすみやかに出家して当山を開くように、と告げ給うた。

富山県は立山の開山に関する伝説らしいけど、マジかよ。ゴータマ・ブッダと同時代に生きてブッダに違背し、ブッダを殺害しようとしたというデーヴァダッタを除けば、仏を射殺しそうになったやつは他にいないんじゃないか? ある意味仏を越えたんじゃね? 仏教が広まった東アジア最強だったってことじゃね? ジャパン・アズ・ナンバーワンじゃね?

阿弥陀仏も阿弥陀仏で、なぜわざわざそんな回りくどいことをと思ったけど、山中で不審なおっさんに「あのぉ、私、この世を救いに来たんですけどぉ」って話しかけてもまともに聞いてもらえなさそうではある。矢がぶっささってて完全に死んでておかしくない人に「仏に帰依せよ」って言われた方が絶対ショック度は高い。しかもその矢を自分が放ったとなれば、罪の意識も乗っかって、ホイホイ私財を投げ売って布教にはげんじゃいそうだもんな。

……それって当たり屋の方法なんじゃね?